マラソン運営の先駆者たち(2)

2007/12/30 18:40

 

警察・救急担当のUです。17日朝刊掲載の「浪速うんちく塾・大阪国際女子マラソンの舞台裏」はいかがだったでしょうか。実は下書きの段階で、警察を含め複数方面から「待った」がかかり、面白い部分がカットされました。記事の火薬がやや不足気味で、個人的には不作の出来だったのですが、まあ、新聞記事には知ったことの半分も書けないケースが多々あります。気を取り直して。暫く間がありましたが、引き続き、第1回大会の誕生エピソードを紹介してゆきます。

【第2回 大阪国際女子マラソン誕生秘話】

杉原正・大阪府警本部長をはじめ、マラソン運営で協力を欠かせない警察への説得はほぼ成功できた。次の課題は大阪府と大阪市だ。東山利雄・産経新聞編集局長らの活躍は続く。

産経新聞社が女子マラソン発足に向けて奔走していた昭和56年当時、大阪の街は「大阪城築城400年記念イベント」や「大阪21世紀協会」など町興しの気運が高まっていた。だが国際的な大イベントには手が届いていなかったのが現状。そんな時、世界から選りすぐりの女子ランナーが大阪の街中を疾走するこのイベントは大阪を世界にアピールする機会としてまさにうってつけだった。

岸昌大阪府知事、大島靖大阪市長はいずれも口をそろえて「これからの大阪はそれくらいの文化的でスケールの大きいイベントがないと世界から取り残される」と諸手を挙げて賛同。「大いにやってくれ」と激励したが、コース設定の話題になると、府は「万博競技場をスタート地点にして府庁の前を通過してほしい」。市は「長居陸上競技場を使って市役所の前を通ることは絶対だ」と、それぞれ頭を悩ませる注文がついた。

府が提唱する万博競技場は千里丘陵にあり、選手にとっては心臓破りの丘でとてもまともに走ることが出来ない。長居陸上競技場を使うしかない。大阪陸上競技協会が中心となって産経新聞、関西テレビのスタッフがコース選定を練ったが、府と市の双方に対する扱いにはかなり気を使った。

起点は長居陸上競技場。テレビの映像効果を盛り上げるためには、大阪城と中之島は外せない。バランスよく府庁と市役所を通る。沿道観客の規制が容易で、高低差が少なく、走りやすいコースとは…。これらの条件に合ったコース設定のため産経新聞社が候補コースの交通量調査を行うことになった。

候補コースの数百に及ぶ交差点。各交差点に大学生など約20人をアルバイトで雇い、何時から何時までどのような車が何台通るかを数百万円の費用をかけて1カ月がかりで調べ上げ、コースを絞った。

途中に警察署が8署もある。各署と相談して意見を聞き、調査を重ね、知恵を絞った。その結果、最も難航した長居―湯里―大池橋―勝山―森之宮の道順が決まり、さらに大阪城公園―府庁―市役所―御堂筋のコース設定となった。

一方、こうした努力を続けているのに東京の日本陸上競技連盟の大阪を見る態度は冷淡だった。「大阪でのフルマラソンは無理だ」「3時間以内で走れるランナーなどいない」「数年ほどハーフマラソンで実績を積んで、選手を育てることが先決ではないか」。大阪陸上競技協会の木南道孝理事長は何度も東京へ足を運び、陸連幹部たちに理解を求めた。

大阪を地方都市としてしか見ていない陸連幹部の態度は、国際マラソンを立ち上げようとしている関係者にとって腹立たしい限りだったが、それが翻って結束を固め、やる気を一層盛り上げていったのだった。(肩書は当時。次回に続く)

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